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聖書とコーランの関係 その1

ムスリムの信仰箇条の六信のひとつには啓典(キターブ)がありますが、啓典はコーランだけではありません。啓典とは、神が預言者を通じて人類の各共同体に下した啓示を記した教典のことで、コーランもコーラン以前に神がムハンマド以前の預言者たちに下した啓典があったことを明言しています。聖書の各テキストでは、これらが後の世に伝わった物であるとされていて、旧約聖書のムーサー(モーセ)に下された『タウラート』(モーセ五書)、 ダーウード(ダビデ)に下された『ザブール』(詩篇)や新約聖書のイーサー(イエス)に下された『インジール』(福音書)はイスラム教ではコーランに並ぶ四大啓典に位置付けられています。

コーランそのものの記述では、啓示された当時の旧約聖書や新約聖書は「真理を照らす光」などと書かれていて、元々は同じ神からの啓示であったにもかかわらず、現在の聖書が人間の手によっていかに変えられてしまったか、ということを示唆しています。

このようにコーランを見る限りでは、啓示された当時の聖書が誤っているとの記述は一つもありません。啓示された当時の聖書が人の手によって変えられてしまった結果、神はコーランを啓示したためで、「コーランは聖書の正しさを証明するためにある」と宣言している箇所が数多くあります。そればかりではなく、「ユダヤ教徒もキリスト教徒も天国へ行く」との記述もあります。現在のイスラム教徒に色濃く見られる「イスラムを他の宗教よりも優位に位置づける」とする思想は、第一聖典のコーランには見られません。

しかし現状では、伝統的な解釈においてコーランを除く3つの啓典は、神の言葉を歪曲して完全に伝えていないとされているので、神の言葉そのものであるコーランに比べると不完全なものであるとされています。現在、イスラム圏のいくつかの国では聖書は禁書とされています。啓示された当時の聖書を「コーランと並ぶ聖典」としていましたが、現在の人の手が入り、どれが神の言葉かわからなくなってしまった聖書を「禁書」としています。ハディースでは、コーランの聖句と、各地に伝わるムハンマドの言行とが、項目ごとに収録されています。聖書には人の手が入ってしまった以上、「聖書よりもコーランが優れている」、「ユダヤ人から聖書の話を聞いてはならない」との記述が出てくるようになっています。

ただし現在ではムスリムの間に宗教多元主義論者が多くみられて、彼らはただ単にムスリムはコーランを啓示として尊んで、キリスト教やユダヤ教をはじめとする他の宗教はそれぞれの啓示を尊ぶのであって、優劣はないとしています。これはコーランの原典に書かれた考え方に近いとも言えるでしょう。

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聖書とコーランの食い違い その1

ユダヤ教徒とムスリムとの関係が悪化した原因としてあげられるのが、ユダヤ人がイスラムに改宗しないどころか、ムハンマドを嘲笑したことが歴史で語られています。なぜユダヤ人がムハンマドを中傷したかというと、ムハンマドが預言者であるにもかかわらず、彼らの知る人の手で改ざんされてしまった旧約聖書の内容とムハンマドの語る旧約の内容があまりに聖書と食い違っていたからです。実例から見てみましょう。

3つの時代と場所が混ざり合う

「これ長老たち、このわし(=エジプト王ファラオ)のほかにはお前たちの神はないはず。さ、ハーマーン(=ハマン)、泥に火をつけてくれ。わしに高殿(=バベルの塔)を造ってくれ。ムーサー(=モーセ)の神のところまで昇って見せる。どう考えてもあれは嘘つきにきまっておる」―コーラン28:38

ここでは「バベルの塔」「モーセ」「ハマン」が同じ場面でコーランの中では登場しています。しかし旧約聖書では、それぞれの時代と場所は大きく異なっています。「バベルの塔」は紀元前2100年頃のメソポタミアのことで、旧約聖書の「創世記」に出てきています。「モーセ」(英語表記ではモーゼス)は紀元前1240年頃にエジプトで生まれています。彼がイスラエルの民を約束の地カナン(現在のパレスチナ)に連れて行くことが旧約聖書の「出エジプト記」に書かれています。そして「ハマン」はペルシアの王に仕えていた、紀元前485 - 465年頃の人物です。旧約聖書の「エステル記」は、ハマンによるユダヤ人滅亡計画から民族を救った人物、それはペルシア王妃であったエステルと、彼女の養父だったモルデカイの話です。

ユダヤ人にとっては、「モーセ」と「ハマン」の時代を混ぜこぜにすることはありえません。モーセの出エジプトを記念した宗教行事が、ユダヤ最大の祭り「過越しの祭り」だからです。またハマンの圧政から救われたことを記念する祭りが「プリム」す。「過越しの祭り」も「プリム」も現在も続いているユダヤ教の重要な祭りです。

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その時代にない名称が登場する

「汝(=モーセ)の去った後、我ら(=アッラー)が汝の民を試練にかけた。例のサマリア人がみなを邪道に迷いこませた」―コーラン20:87(85)

コーランでは、モーセの死の直後(紀元前2100年頃)すでに「サマリア人」の名称が登場しています。コーランによると、モーセの民を不信仰に陥らせて、偶像崇拝の罪を犯させた犯人が「サマリア人」です。しかしこれは、年代的に矛盾しています。なぜなら、紀元前721年に北イスラエルがアッシリアに滅ぼされたあと、アッシリアからの移民と現地のユダヤ人との間に生まれた人々が「サマリア人」と呼ばれるようになったからです。

人物が入れ替わる

「タールート(=サウル)が軍勢をひきつれて出で立つ時、彼は言った。『いいか、アッラーはお前たちを川でもっておためしになるぞ。その水を飲む者はわしの兵ではない。その水を味わおうとしない者はわしの兵だ。ただし掌で一掬いだけ汲む者は別だが』と」―コーラン2:250(249)

「ギデオンの戦士」の話ですが、コーランでは「サウル王の兵士」として語られています。「ギデオン」とは、古代イスラエル王国ができる前の士師と呼ばれる英雄です。ホテルや旅館、病院に聖書を置く活動をしている「ギデオン協会」の名前は、これに由来しています。また「サウル王」とは紀元前10世紀の人物で、古代イスラエル王国の初代の王であす。

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